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浪人した

この記事は coins Advent Calendar 2019 17 日目の記事です。
昨日の記事はこちらからどうぞ。

浪人した

浪人した

2018 年 2 月、僕は筑波大学 3A 棟の試験室で絶望のどん底にいました。

過去問演習をそこそこやって傾向はつかんだぜ!!という慢心は本質的な学力と思考力の欠如により完膚なきまでに打ち砕かれ、自分がちょっとした難易度の変化にもついていけないカスであったことを初めてそこで自覚したのです。遅いですね(笑)

結局、併願私立であった明治大学東京理科大学にも滑りに滑り、藁にもすがる思いで電気通信大学の後期試験を受けることになります。

最後の合格発表日、僕は人生初の合格を期待し、地元から一時間半かけて電気通信大学まで足を運びました。

あの日、調布は確か雪が降っていたと思います。

意外にも、両親は己の不勉強で失敗した僕のことを温かく激励してくれました。

帰宅して電通大に落ちたことを報告すると、父は「寿司でも食べにいこか」と言って銚子丸1に連れて行ってくれました。家族旅行もしておいしいものを沢山食べました。

つらかった

浪人期のうち、一番つらかったのは最初の 1 か月だったと思います。

大学にすべて落ちた直後、僕は当時お付き合いしていた彼女にフラれました。東京出版『大学への数学』という雑誌にこのネタを投稿したところ、掲載されました

こんなところで運使わなくていいから大学に入れてくれ。

「なんか人生なんもうまくいかねえな」と思った僕は、大学に受かったらパソコンを買おうとひそかに貯金していた 10 万円を机から取り出し、秋葉原で新品の一眼レフ2と青春 18 きっぷ 3 日分を購入しました。これから一年間受験勉強するというのに一眼レフを購入したのは、今考えてもどうかしていたと思います。親不孝ですね。

行先は、ふとした思い付きから広島に決めました。理由は特にありません。

余談ですが、道中、めっちゃいい人だった高校時代の生物の先生オススメの『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス 著) を読みふけっていたのですが、これは今の僕の思想の根本的なところに影響を与えている名著だと思います。暇な人はぜひ読んでください。

ヤケクソな旅行なだけあって、ツイートも雑です。

傷心旅行から帰宅し、現実に引き戻されると、浪人生にとって最もつらいイベントがいきなり始まります。

高校同期の入学式です。

僕は当時 Twitter で、バラ色のキャンパスライフに飛び込まんとするかつての同期たちを見て、激烈な後悔と嫉妬の念に襲われていました。浪人生は Twitter なんか見ない方がいい。

特に都内の大学に行った友人のツイートからは、やれ武道館で入学式だの、やれ新歓で屋形船に乗っただの、飲み会3だのなんだの、実にウラヤマシイ【いかにもな大学生活】がにじみ出ていて、お金も名誉も学力もない、将来も不透明な僕からすると胃袋がひっくり返るような思いでした。完全に自業自得ですが。

そんなこんなのストレスも相まってのことか、この数週間後には肺に穴が開いてしまいました。世間では肺気胸とか言って、やせ型の若い男性が発症しやすい、原因不明の病気だそうです。結構痛かったです。

↑ 最高にみじめな自分。何がみじめかって、いいねが 3 しかない。

とりあえず進路を考える

ひとまず、浪人してしまった事実は取り消せないので、これから勉強していく上での指針みたいなものも立てなきゃいけません。そこで、自分の進路から真剣に考えていくことにしました。

僕は小学生のころからコンピュータが好きでした。しかしこれは趣味の域を出るものではありません。

AC な人々4みたいに何か社会に出るうえで実用的な技術があったわけでもないし、家族共用の大した性能もない VAIO(SONY 製パソコン)を使い、Aviutl でクソみたいな動画をいっぱい作って遊んだり、Visual Studio を使って C++で遊んだり、JavaTwitter のくだらない bot を作ったりしてました。

これらはあくまでも「遊び」であって、将来大学に行ってこれを勉強しようとかいった気はなく、高校 2 年生くらいまでは「たぶんフツーに大学行って適当に勉強して、その流れで興味もない会社に就職するのだろうなぁ」とか思っていたのです。

これは両親の教育方針の影響でもあります。両親は教育熱心ではあれど、一般的な「お勉強」を阻害するような物は厳しく制限する方針をとっていました。パソコンに関してもこれは同様で、僕がニコニコ動画を観ていようと、プログラミングを勉強していようと、等しく「ゲーム/パソコンは一日 30 分」という決まり文句で中断させられていました。

つまるところ、当時の僕にとって、こういったコンピュータに関わることを将来につなげるだとか、仕事に使ってお金を稼ぐだとか、そういった発想が微塵もありませんでした。

両親の反対を押し切り、自分のパソコンを購入した高校 2 年生あたりから、僕のちょっとしたスキルは文化祭などのイベントでいろんな人に重宝されるようになります。これらの人の役に立てた経験から「パソコンで仕事するのもアリだな」と思い始めたのがきっかけで、情報系の学科を志すようになりました。

進路に関しては、両親も良い意味で放任主義であったため、志望校の決定はほぼ完全に僕にゆだね、必要な出資や支援は十分にしてもらえる、といった理想的な環境でした。本当に感謝しています。

上述の経緯により、僕の志望としては「行きたい大学に行くこと」よりも「情報系の学科に入学すること」の方が重要であり、「とりあえず目標は高く」ということで現役時の第一志望より数段レベルの高い東京工業大学情報理工学院を目指すことにしました。

ちなみに当時、東工大は行ったこともなかったし、どこにあるのかすらも知りませんでした。

今でもよく知りません。

勉強したりしなかったりした

予備校は駿台に決めました。数多ある柏駅周辺の予備校の中で、一番自宅から近かったからです。

さて、ここから灰色の予備校生活がスタートします。

駿台ダイマ5にはなりますが、予備校で受ける授業は受験においてはなかなか実用的で、そのうえ興味深く、その予習復習をするうちに自ずと学習する習慣は身についていました。

しかし、一年後の試験を見据えてコンスタントに勉強するということがいかに辛いかというのは想像に難くないでしょう。

僕は時折自習室を飛び出しては、駅前の風景を一眼で撮影したり、商店街に住み着いたネコを眺めたり、本屋で時間をつぶしたり、高校時代行きつけのラーメン屋に行ったり、ひとりカラオケで高得点を目指したり、Twitter したり、ドンキでエッチなオモチャを購入したりと、迷走をする日々が続きました。

↑ 浪人期に撮ったネコ

↑学籍持ってないくせに何様だよお前

なにも、やる気がないからこんなことをするわけではありません。人間は一定時間を越えて勉強を続けると著しくパフォーマンスが低下するものなので、適度に息抜き6をする必要があります。けれども、こういう無為な時間を過ごしていると、猛烈な罪悪感に襲われます。

一般的に、「予備校に通いつつ大学を目指す」という浪人生には、予備校代、受験料、一時入学金など、一年間でおよそ 100 万円余りものお金がかかります。僕の場合、現役のころの投資はドブに捨ててしまったわけですから、受験にはそこそこよい新車が一台買えるくらいのお金がかかっているわけです。

この事実は、当然ながら多くの受験生のメンタルを強く圧迫します。もちろん、道理的に考えれば努力して当然の環境であり、それ以外のことに身を堕とすのは極めて親不孝なことである、というのが一般的な見解であるということは重々理解しております。しかしながら、現実には理想のように、休む暇もなく勉強するだけの生活を一年間続けられるという人は数少ないのです。

ここからの日々はとてつもない速さで過ぎ去っていきます。母校の(元)後輩たちが行事にうつつを抜かし、合唱祭だの文化祭だのといった楽しそうなツイートを横目に(文化祭は観に行った)必死こいて勉強を続けました。

この時期に受けた東工大実践模試では、無残なまでの E 判定を叩き出し、流石に両親から「諦めろ」とも言われたため、筑波大に志望変更をしました。

まあもともと大学はどこでもよかったので気を落とすことなく勉強を続行したと思います。

おのれの心を空っぽにして、予備校に行って、ひたすら『大学への数学』を解き、授業に出て、模試に一喜一憂して、あんなことやこんなことをしていたら、アッという間に人生二回目の受験期です。

受験

センター試験はお世辞にも良いとは言い難い結果でした。理科大のセンター利用にも落ちました。

しかし、二次試験の方は一応まじめに勉強をしていたため、理科大の学部二つに合格することができました。

早稲田と慶応には木っ端みじんにやられました。


さて、二度目の筑波大学前期入試です。


数学は大幅に易化、物理は難化、他は例年通りといったところでしょうか。自信のほどは当時の Twitter にもにじみ出ています。


僕が自宅であまりに自信満々にしている姿を見て、両親が「何なら総出で見に行くか」と言い出し、両親と僕の三人で合格発表を見に行くことになってしまいました。

発表前夜は緊張のあまりお腹を壊しました。

合格発表は皆さまご存知本部棟駐車場で行われます。

時間になると職員がやってきて、掲示板を貼り、カバーをはがして......





あった......!あった!!!!!!!!!!うかった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





うかっあたたたたrてあrたえwtrふぇrgだffdsふぁsdfdさぎfじゃへrふぃおえwjkうぇこmhグrフィ lkfdsjmfkvmk gdf コア lgjf レイコア fgj ヂ sfjd シコ;fj ウェ kl ン g ジ b ヴェ f ジオ p:3\t2 ウィョ p





顔面クシャクシャにしてボロ泣きで両親に駆け寄って、ラグビー部に胴上げされて、新聞部の取材に言葉を出すことができませんでした。

胴上げされるオタク。ここまで生きてきた中で一番うれしい出来事です。

大学

大学に入ってからは、自分の生きる世界が突然色彩豊かになったような日々でした。

毎日が何かしらの発見に満ちていて、これほど楽しい場所なんかこれまでになかったと心の底から思える場所です。

もちろん、大学の授業だけが楽しいという話では決してなく、面白くない講義だって沢山あります。

何よりも面白いのは、周囲の人間です。

大学にはこれまで自分が触れることのなかった分野に精通した人や、自分の知っていることを遥かに凌ぐ量の知識を持っている人が沢山いて、そういった人たちと毎日話していると、自分がいかに無知であったか、小さな存在であったかを痛感すると共に、これから学んでいこうという意欲が高まります。

また、学類には自分と似たような人も結構いて、互いに学び合っていける良い環境が整っていると日々感じています。

二年間、並みの努力だったかもしれませんが、つらい受験に耐えてきた甲斐があったなぁとつくづく感じます。

今夜も酒がうまい。




  1. 千葉県の回転寿司チェーン。回転寿司のわりに結構するけど、結構おいしい。

  2. Nikon_D-5300

  3. 未成年者の飲酒は法律により禁止されています。

  4. 筑波大学におけるアドミッション・センター入試の合格者。何かと「A(頭がおか)C」な人が多い、変態の集まり。

  5. ダイレクト・マーケティング

  6. イキ抜き